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日本における中国茶用語の読み方(3)

どうでもいいけどひっかかる

日本における中国茶用語の読み方(3)

 今回は前回の補足です。

 実はあとになって気づいたことがあったので、急遽、書き足すことにしました。もっとも、内容は寄り道したほうの話で、本題とはまったく無関係です。

 「匂」(におい)と「韻」(ひびき)の関係から、「嗅ぐ」のではなく、「聞く」のであるということ。これに関連する『匂いの帝王 天才科学者ルカ・トゥリンが挑む嗅覚の謎』(チャンドラー・バール=著 金子浩=訳/早川書房)という本があります。ルカ・トゥリンという科学者が、「匂」は形状か振動かという議論について、後者の立場で述べています。

 「トゥリンは匂いという暗号を解読するための最初の鍵を手に入れたのだった。それは数字だった。波長だった。電子振動だった。2500という波数だった。その数字がふたつの同値の記号(S-HとボランのB-H)、ふたつのまったく異なる分子を、腐った卵の匂いというひとつの意味に繋いでいた。しかもふたつの分子は形がまったく異なっていた。トゥリンの見るかぎり、解釈はひとつしかありえなかった。どちらも振動数が2500なのだ。その振動が匂いを持っているのだ。」

 「韻」とは、まさに振動です。そして、同書では「匂」も振動だといっているのです。

 「こうした電子結合の特徴は弾力性だ。それぞれの原子を引き離してからぱっと離すとする。バネの強さと、そのバネにどれだけの原子が繋がっているかによって、原子の組み合わせはそれぞれに異なる音を鳴らす。まるでピアノの弦が弾かれて震え、変ロ音やト音を鳴らすように。ある結合はものうげに振動してゆっくりと深いバスで、ある結合はやや早いテノールで鳴る。明るいアルトやもっとも高いソプラノで鳴る結合もある。またピアノの弦と同じで、(ニ音の弦はニ音しか発しないように)原子と結合の組み合わせはどれも特定のひとつの振動数に調律され、その音でしか鳴らない。その音——その振動——を科学者は“波数”と呼ぶ。」

 さらに、すばり音楽そのものによって説明しています。

 ——と、このように延々と説明してきたものの、「匂」は形状か振動かの結論は、同書が発行された翌年の2004年、前者に軍配が上がっています。つまり、コロンビア大学のリチャード・アクセル博士とフレッド・ハッチントン癌研究所のリンダ・バック博士が、「匂い受容体遺伝子の発見と嗅覚メカニズムの解明」によってノーベル医学生理学賞を受賞したからです。その研究は形状説であることから、振動説は否定されたというわけです。

 ただ、だからといって「匂」と「韻」の関係、「嗅ぐ」のではなく、「聞く」のであるということまで否定されたわけではありません。アクセルとバックの研究はたんに、やはり「匂」は耳ではなく鼻で感じるもの、と改めていっているにすぎません(念の為。貶めているわけではありません。研究が偉大であることは言わずもがなです。ちなみに、トゥリンの振動説も当然ながら耳で感じるという意味ではありません)。微妙な感覚を表現する方法としては、「匂」を「聞く」は依然有効です。

 また、同書も価値がなくなってしまったわけではありません。さまざまな「匂」の表現が溢れ出るところはトゥリンも本当に「天才」だからでしょうし、香水業界の内幕など、興味を惹く話が豊富なのも事実です。

 最後に同書の「BOOK」データベースを引用しておきます。

 「最先端の科学をもってしても、いまだ解明されない匂いのメカニズム。この超難解な謎にとりくんだ一人の天才科学者がいた。彼の名はルカ・トゥリン——。グレープフルーツと熱い馬、汗まみれのマンゴー、真っ黒なゴムの花、スクランブルエッグにガソリン——若くして香水に魅せられたトゥリンは、どんなに複雑な香りでも即座に特徴をとらえ言葉に置きかえる。香水業界の化学者からも一目置かれるその特異な才能のおかげで、秘密主義の香水企業の研究室にも自由に出入りしはじめたトゥリンは、クリスチャン・ディオール、カルヴァン・クライン、ジヴァンシーなどの、大企業の内幕を覗きみるようになる。やがて、並外れた知性と能力をもとに、嗅覚のしくみを解く新理論を編み出すが……いま、世界じゅうに注目されている天才科学者の半生を追った衝撃のノンフィクション。」

中國茶倶樂部「龜僊人窟」主人 池谷直人