Archive for 9月, 2012

12年9月のお茶会

土曜日, 9月 22nd, 2012

中國茶倶樂部

月例お茶会のお知らせ

 今年は秋の訪れが例年より早いような気がします。今月は夏茶ながら、秋向きかもしれない東方美人をお淹れいたします。なぜ、秋向きか? 半醗酵(厳密には半酸化)の台湾烏龍なのに限りなく紅茶に近い醗酵度(酸化度)だからです。中国医学に基づけば、醗酵度が低いと身体を冷やし、逆に高いと温める、といわれます。そんなことより、まずはお茶そのものの味と香りをお楽しみください。

 お茶請けには、中秋節を控え、月餅を用意いたしました。伝統的なものから今風のものまで。伝統的な月餅については、餡に入っている塩漬け卵の好き嫌いが見事に分かれるわけですが、お好きな方と初めての方はぜひお試しを。お嫌いな方は今風のカスタード餡や冰皮(抹茶、大栗など)をどうぞ。しかし、本来は卵を月に見立てているので、卵抜きでは意味がないのですが……

時間:2012年9月28日(金)

   午前の部 10:00 11:00

   午後の部 14:00 15:00 16:00 19:00

 ※1回の定員は先着順に9名です。当日10:00より直接お茶室にてご予約を受け付けます。お友達の分もまとめて手続きされても結構です。19:00の回はご予約不要です。なお、10名以上になりますと、美味しくお茶が淹れられません。お時間にご制約のございます方は、余裕を持ってお越しください。

会場:香港銅鑼灣百徳新街22-36號 珠城大廈10/F. A6.

   A6. 10/F. Pearl City Mansion, 22-36 Paterson Street,

   Causeway Bay, Hong Kong

   Tel&Fax:2577-8688 E-mail:kame@chineseteaclub.hk

 ※ビルの入口は記利佐治街(Great George Street)側です。

料金:中國茶倶樂部会員 無料

        非会員 HK$150-

中國茶倶樂部「龜僊人窟」主人 池谷直人

12年9月20日

木曜日, 9月 20th, 2012

各種お知らせ/告白——「秘密の計画」とは/竹島・尖閣問題を考えてみた

 おーっ! 9月は2回目の更新に成功!

 香港に早くも「乾燥注意報」が!! 気温は30度に達しますし、一雨くれば湿度もグンッと上がるとはいえ、確かに微妙な秋風を感じるときもあり、寝ている間は涼しく感じる日も増えました。

 では、まず、各種お知らせから。

★日本支部お茶会について

 中部支部:10月17日(水)

 関東支部:10月19日(金)、20日(土)

 ※お問い合わせは各事務局あて。

★研修旅行について

 今秋は台湾です。日程は11月15日(木)〜18日(日)に決定です。場所は中部山岳地帯に位置する南投県埔里鎮で、有機茶栽培農家を訪れ、製茶過程を見学する予定です。詳細は追ってお知らせいたします。

★「秘密の計画」とは

 さて、以前「温めていた計画」「第2の計画」と書いたまま、内容については触れませんでした。別にもったいぶっていたわけではありません。ある程度、形になってからと思っていただけなので。いまから明かします。

 最初の計画は、スペイン語を勉強しようということ。もともとラテン音楽に興味があったし、香港に来てからはアルゼンチンタンゴも習ったし(休止中)。実は数年前にも一度スペイン語を始めたものの、1回レッスンを受けた時点で先生が北京に転勤してしまい、それっきりだったこともあって。

 ただ、今回、選択したのがNHKの語学講座で、ネットTVを利用しようとしたところ、無料のシステムゆえ受信状態が安定せず、結局、4月と5月の2箇月だで受信不能となってしまいました。以降、トイレに数字の読み方を貼り出すなど、細々と自習しておりますが、遅々として進まず、というしだい。

 第2の計画は、広東語の手話を勉強しようということ。広東語なのは香港だから(同じ中国語でも中国には中国、台湾には台湾の手話が、それぞれ別個にあります)。言葉と関係なく、手話も前々からコミュニケーションツールとして興味がありましたし、あと、老い先が短くなってきたせいか、なんとなく人の役に立つことをしたいと思うようにもなってきたので。

 こちらは順調です。楽しいです。面白いです。アルゼンチンタンゴを習うのと同じくらい。そこで、気がつきました。手話もダンスも身体で憶える点で共通です。さらに、どちらもコミュニケーションを執るためのものである点も、なんと一致するではありませんか。

 というわけで、新しい世界が拡がりました。わくわくしすぎてアドレナリンが出るほどです。もっと突き進もうと思います。

★竹島・尖閣問題を考えてみた(第1部)

 やれやれ、またかよ、という感じです。

 日本と韓国は政権の末期を迎え、中国は権力闘争が絡む指導部の交代期に当たり、いずれの政府も自分たちに突きつけられた国民の批判を逸らす手段としてナショナリズムを利用、などといった解説がなされています。

 そのうえ、そういう政府にまんまと踊らされて騒ぐ国民がどこにもいるわけです。日本の場合は、沖縄密約やら原発事故やら、さんざん騙され続けてきたのに、なぜまだ信じるのか。中国の場合は、文化大革命やら6.4天安門事件やら、ことごとく情報が隠され続けきているのでコントロールされやすいという点は差し引いて考えるとしても、暴行、掠奪、放火、破壊——これって中国自身が非難しているかつての日本軍が中国で行なったことと、あんまり変わらないのでは。

 武装蜂起はパレスチナのイスラエルに対するレジスタンス(テロではない)や、「ジャスミン革命」に端を発した「アラブの春」にみられる自らの政府に対する民主化運動などにのみ許されるはず。

 マスコミ(ジャーナリズムではない)というものは、日本車を燃やしたり、日系スーパーを打ち壊したり、という過激な場面を放映したがるわけですが(普通と違うところがニュースであるとして)、一部が全部ではないことに注意したいもの。繰り返して放映されると、気がつかないうちに刷り込まれてしまいますから。

 ひるがえって日本でも8月25日、新大久保のコリアンタウンに「在特会(在日特権を許さない市民の会)」が街宣車で押し掛け、「死ね」「帰れ」あるいは民族差別丸出しで脅迫する「人権侵害デモ」を行なったとのこと(『週刊金曜日』12年9月11日)。その後も、9月18日から19日にかけては、福岡で中華料理店がガラスを割られ、神戸で神戸中華同文学校が放火されたとのこと(日本の主要各紙)。中国の反日デモと同じレベルの日本人がいたわけです。「在特会」も同じレベルの輩も一部の日本人であり、日本人の全部がそういうわけではないのは、中国の状況と同じ構図といえます。また、被害を受けた韓国人からすれば、中国在住の日本人と同じ恐怖を感じているということです。

 それにしても、もういいかげんにしろよ、です。日本の政治家の連中は自分たちだけ安全なところに居て勇ましいことを言うんじゃない。言いたいことがあるなら敵地に乗り込んで説得しろ。とりわけ石原慎太郎とか。すでに棺桶に片足を突っ込んだボケ老人だから、将来のことなどどうでもいいのか。

 ちなみに、尖閣購入については、都が購入(しかも、資金は国民の募金で)することにより、借金まみれの元所有者、栗原國起氏を救うことになる、という疑惑があります。『週刊金曜日』(12年5月25日号)によれば、同氏の借金総額は25億円。問題は、栗原氏が、実業家でフィクサーとして知られる菅原通済の運転手で、石原都知事がその菅原氏の門下生だった、とされる点です。「仲間内で国民の金による借金返済を謀る」ということか。ただ、「石原都知事が菅原氏の門下生」という記述は調べようがないので、断言はできません(だから疑惑なのですが)。『週刊文春』(12年8月9日号)の見方は、菅原氏と石原都知事の接点には言及せず、栗原氏の借金総額を40億円と見積もり、都が集めた国民の寄付総額14億円を上回る血税20.5億円まで吊り上げ、まんまと栗原氏が国からせしめた、となっています。結果、尖閣は国有地となり、日中国交正常化40年来で最悪の関係を招いたわけです。

 では、肝腎な日中・日韓の領土問題は、果たして解決するのでしょうか。(つづく)

12年9月8日

土曜日, 9月 8th, 2012

変わる香港、変わらぬ香港

 9月になってしまいました。8月中に書いていたのに、UPが遅くなってしまいました。おっつけ次もすぐUPします。

 夏期講習「茶舗めぐり」で、九龍サイド篇、香港サイド篇と歩いて参りました。今回はいままでに訪れたことのないお店を中心に回ってみました。いろいろ発見もありましたし、新鮮でした。こんなところに支店を出していたのだなとか、さすが香港は普問屋の数は多いのだなとか、小さいお店ながら珍しいお茶が充実しているなとか。ただ、一部を除けば全体的に、いままでもよく行っていたお店は、やはり、それなりに「美味しい」ということを、改めて認識いたしました。

 それよりもなによりも、“懐かしい香港”が急激に失われていっていることに気づいてしまい、猛烈な危機感に襲われました。九龍城はすでに変貌しつつあり、上環から西營盤、堅尼地城にかけても、地下鉄の開通に伴い、おっつけ様変わりするでしょう。涼しくなったら、「“失われいく香港”を記憶に留めるツアー」なんてものを企画するつもりです。

 深の「茶葉世界」にもびっくり。元々は100軒ほどが集まる1フロアだけだったのに、レストランやマッサージ店だったところが次々と浸食され、ついに3フロア、200軒近くを誇る規模へと拡大、変身していました。ここにも中国経済のバブリーな臭(にお)いが立ち上ります。